今回の私は望んでリゾート気分に浸っているものではありません。そんな背景のせいか今日は一日妙な気分で哲学的思考にふけっていました。高級ホテルは、快適ではありますが、すべてが作られた空間です。身の回りの日常的なことは一切しないで、好きなように過ごせる、そういうものがリゾートなのでしょう。
普段はバリバリ働いている人たちには、そういう快適な休養というものがほしいものなのでしょう。コツコツ働いたお金をドカンと使って優雅に遊ぶ、多分休暇そのものが少ないから、それでも日常のストレス解消にはいいのでしょうねぇ。
ところが無職となった今の私にとってのリゾートというのは、ほとんど無意味なようです。自分のことは自分でやればいいし、高級リゾートが快適と言ってもすべては作られたもの、一見優雅に見えるリゾートですが、お金の無駄遣い以外の何ものでもないようです。皮肉な見方かも知れませんが、今の私には豪華なリゾート生活というものが空しく感じられました。
では、どうしたいのかということですが、まず言えることは人工的に作られた環境ではない本物の環境が望まれるということでしょうか。生活には不便でしょうが、そんなことより本物を求めたいという願望が一層強くなりました。もともとそういう気持ちがあったので「タイで田舎暮らし」という計画を考えついたのですから、今回の予定外のリゾートはその気持ちを一層強調してくれたようです。
贅沢なリゾートではお金が掛かりますが、出費の負担に耐えないという負け惜しみではなく、そこでは満足できないものを感じています。そのままそこでいつまでも過ごしたいなんて思うことはないようです。現役時代の考え方との差異といいましょうか。
考えようでは、「タイで田舎暮らし」というのは、もっと贅沢な時間を過ごそうという欲張った計画なのかも知れません。私には、幸い今回の計画に協力してくれる友人がいるので、感謝、感謝です。明日からはいよいよその計画の実現ができそうです。

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